音楽が消耗品に見えた日、僕はアナゴさんに抱かれたいと思った。

1990年代

音楽が「消費するだけのもの」に感じられるようになったのは、いつからだろう。

好きなアーティストという概念が、自分の中からふっと消えたときか。
テレビの中の歌が、もう自分の世界とまったく関係がないと気づいたときか。
それとも、オリコンチャートがAKB48で埋め尽くされてしまったときか。
あるいは、サブスクリプションサービスで楽曲が「無限の水道水」になったときか。

原因はよくわからない。
ただ、若い頃のように音楽に熱中し、振り回されることはなくなった。
心を動かす力が、あの頃よりもずっと小さくなった気がする。

でもこれは、あくまで僕個人の話だ。
今でも音楽を「人生の一部」として愛している人が、きっとたくさんいる。

CDを買うことやレンタルすることの特別感。
カセットやMD、CD-Rに一曲ずつ書き込み、ジャケットに落書きをするあの時間。
そういうすべてが、もう遠い昔のことのように感じる。

今ではスマホを取り出し、アーティスト名を検索すれば、懐かしい曲が無限に出てくる。
関連曲まで聴き放題だ。
便利なはずなのに、愛着が湧かない。
「いい曲だな」と思っても、気がつくと停止ボタンを押してしまう。

味気ない。
そう、少し味気ない。

そんなある日。
スーパーの片隅に、中古CDのワゴンセールを見かけた。
なんとなく覗き込んでみる。

そこで――視界に飛び込んできた。

JUDY AND MARY『THE POWER SOURCE』

裏面の値札には「300円」。
その瞬間、なんだか誘われるように購入していた。

特別好きだったわけじゃない。
でも、僕の青春には確かに彼らの音楽も鳴っていた。
それを思い出すだけで、少し胸が高鳴った。

家に帰って気づく。
「CDを聴く機械がない」

オーディオコンポなんて、もう手元にない。
結局PCで再生することにした。
……なんか、ちょっと味気ない。

曲のリストを見てみる。

  • BIRTHDAY SONG
  • ラブリーベイベー
  • そばかす
  • KISSの温度
  • Happy?
  • Pinky loves him
  • くじら12号
  • クラシック
  • 風に吹かれて
  • The Great Escape

一曲目から順に聴く。

BIRTHDAY SONG。
YUKIの声が聴こえた瞬間、胸がふるえた。
数年ぶりに音楽で心を揺さぶられた。
一瞬であの青臭い時代に、僕は引き戻された。

正直に言うとこのCDに特別な思い入れはない。
でも、そばかす、くじら12号、クラシック――青春の記憶がしっかり詰まっている。

さらに、中盤にある”KISSの温度”や”Happy?”
これがまたいい。
有名曲がメインディッシュなら、これらはスープやオードブルだ。
アルバムを通して聴くからこそ、時間が心地よく流れていく。
好きな曲ばかり聴きがちなサブスクではなかなか味わえない感覚だ。

クラシックから、風に吹かれて――
終わりが近いと感じたそのとき、最後の”The Great Escape”で陽気に締める。
実にJUDY AND MARYらしい終わり方。心が元気になる。

改めてCDで音楽を聴くという体験は、実にいい時間だった。
YUKIの独特な歌詞、力強いボーカル。素晴らしい感性、そして才能。
どれを取っても素晴らしい。

そういえば、この頃のYUKIって何歳だったんだっけ?
調べてみると――大体25歳くらい。

……あー。
25歳って、会社でいえば新卒3年目じゃないか。
あの、「万能感」と「生意気さ」が混同して爆発する時期だわ。

……ってことは、あれか。
俺は新卒3年目の小娘の歌声に感動してたのか?
ふざんけんじゃねえ。なめやがって。

新卒3年目なんて、口を開けばすぐに「辞めます」とか言うめんどくさい奴らじゃん。
この前なんか、会社の3年目社員に「太郎さんって、何ならできるんですか? 全然仕事できないどころかさっきちょっと寝てましたよね。」とかド正論ぶちかまされて、心が粉砕した。
涙目で拳を握りしめながら、何も言い返せなかったわ。

でも、YUKIは俺にとってずっと年上の存在だったから、なんというかこのアルバムには妙な違和感を感じたわけだ。

……
…………
………………

あれ。
もしかして――
あいつも俺より年下だったりすんのかな?

サザエさんに出てくるアナゴさん。

調べると、27歳説が濃厚らしい。
マスオさんが28歳でアナゴさんと同期。
……マジか。

はああああああああ!?
アラサーああああああぁぁぁ!?

どう見ても40代後半か50手前だろ、あの貫禄は。
つうかお前、俺より年下かよ!?
なんか”さん”付けで呼んじまってたわ、ガキが。
課長代理みたいな風貌しやがってよお!!
カレーパン買ってこいよガキがあああああ!!!

てか新卒入社6年目? 6年目って言ったらあれだ。えーと……
あれだ。主任とかになって万年平社員の俺をまるで汚物を見るかのような目で蔑み、罵り、呼び捨てにされる頃だ。
ため息混じりに「太郎さぁ……」とか言ってくる頃だ。

わかるかなー。あの年下上司特有の年上の部下を人として扱わないあの感じ。
まじでファックだよね。

ああでもそうか、俺がアナゴさんから感じた畏怖は主任という絶対的に超えられない壁からくる唇だったのかもしれない。

だって主任ってめっちゃ偉いもん。
なんかよくわからないけど、たまに書類に判子とか押してるし格好いい。俺もよくわからない書類に判子とか押してみたい。

あとさ、若い女の子を呼び捨てにしたりして、女の子もまんざらじゃなかったりさ、やたら文房具にこだわりはじめたりさ、走り書きしたメモもなんかすごく偉そうで格好いい。

ああ、そんなこと考えてたら、もうアナゴさんのこと格好良く見えてきた。

好き。

超好き。

俺、アナゴさんにとってのフグ田くんになりたい。

それぐらい好き。

あああああああああああああああああああああでも年下の既婚設定かあああああああああああああああああああ。
どうしたら振り向いてもらえるんだろう……。

そんなことを考えていたら、
新卒入社3年目のクソガキが、

「ねえ、太郎さん、ずっとパソコンがスクリーンセーバーなんですけど」

とか言ってくるの。

うざ。
まじで3年目って終わってるわ。うざ。
6年目のアナゴさん見習ってほしい。

「ていうか、なんで今どきスクリーンセーバー設定してるんですか。キモ。」

……。
……こらえろ、俺。

ま、まあ。それはそうと。
テレビの中のアナゴさんは、これからもきっと歳を取らない。
一方で僕は、これからも確実に歳を取っていく。
それは残酷なことのようで、でも少し楽しみでもある。

だって、このアルバムの中で輝き続ける25歳のYUKIの歌声のように、これからも世界には、その時代ごとの美しいものが、次々と生まれていくはずだから。

そう考えると消費商材に見えていた音楽に、新たな意味を求めたくなる。
便利で手軽なサブスクもいいけれど、こうして一枚のCDを手に取って、一曲目から最後まで耳を傾けること。
それは、昔の自分と再会するような、不思議な時間だった。

音楽は、ただ消費するものじゃない。
聴くことで、今の自分が何を感じ、何を思い出し、
これからどこへ行こうとしているのか――
そんなことを、そっと教えてくれるものだ。

「もしかしてあれですか? この時代にスクリーンセーバー設定している自分、ちょっとユニークで面白いみたいなかんじですか? キモ。まじでキモ。」

……
……泣くな、俺。

コメント

タイトルとURLをコピーしました